neoneonの成り立ち——遊びから始まったLEDネオンサインづくり
始まりは「洋服をつくりたい」だった
neoneonの始まりは、LEDネオンサインとは何の関係もないところにあります。
代表はもともとバンドマンであり、音楽活動の傍ら、奥さんと一緒に洋服屋を営んでいました。バンドを辞めた後も消えなかったのは、何かをつくりたいという強い衝動。自分たちの手で洋服をつくろう——そう決めて動き出します。
元バンドメンバーの弟であり、古くからの付き合いである相方・WOK22。中国にコネクションを持つ彼と一緒に、洋服にプリントするための機械を買い付けに中国へ渡りました。目的は洋服づくりの資材調達。無事に機械を購入し、帰路につこうとしたときのことです。
中国での偶然の出会い
帰り際、WOK22がこう言い出しました。
「ネオンを見てみたい。これで作品をつくりたい」
その場でネオンの資材を扱う店へ。WOK22はごく少量のネオンチューブを手に取っていましたが、代表の反応は違いました。「全部の色買おうよ。いっぱい買って、面白いものをつくってみようよ」。
洋服の買い付けで来た中国で、ネオンの素材を大量に買い込む——この時点では、これが後に会社の主力事業になるとは想像もしていません。
インスタグラムからの想像もしない展開
帰国後、知り合いから「一つつくってほしい」と頼まれ、お小遣い程度の金額で引き受けたのが最初の一作です。
完成した作品をインスタグラムにアップすると、予想外の反応が返ってきます。「私にもつくってほしい」という声が次々と届く。依頼を受けて製作し、またアップする。すると、さらに依頼が来る。
この繰り返しが、いつの間にか一つの事業として回り始めていました。
気づけば、洋服をつくることよりもネオンをつくることに完全に夢中になっている自分たちがいました。
遊びが本業になった日
当初は洋服屋と会計を一本化していたほど、ネオンサインの製作はあくまで副業的な位置づけでした。しかし、依頼は増える一方。
「これは本腰を入れよう」
その決断から、株式会社PURPLE MAXを設立。neoneonブランドとして本格的にLEDネオンサインの製作事業を立ち上げます。スタッフも増員し、現在はデザインの専門教育を受けた優秀なメンバーたちとともに製作に取り組んでいます。
洋服づくりの買い付けで訪れた中国で偶然ネオンに出会い、遊びのつもりで始めたインスタグラムへの投稿——それが、今のneoneonの原点です。
つくり手であり続けること
振り返れば、neoneonの原点にあるのは「つくりたい」という衝動です。バンド、洋服、そしてネオンサイン。形は変わっても、自分たちの手で何かをつくり届けるという姿勢は一貫しています。
その姿勢は、素材の選定一つにも表れています。中国の仕入先には今でも自分の足で赴き、シリコンチューブ、電源アダプター、レーザーカッターの工場まで、全て自分の目で確認する。関連する素材や道具は、納得できるものだけを揃えるのがneoneonのやり方です。
こうしたものづくりへの取り組みは、福岡のローカルテレビ番組でも取り上げていただきました。
私たちのものづくりに対する姿勢や、実際の製作の様子をご覧いただけます。
これからのneoneon
個人の趣味から始まったネオンサインづくりは、多くのお客様に支えられ、一つの事業として成長を続けています。
これからも変わらないのは、一つひとつの製作に真剣に向き合うこと。「ここにお願いしたい」と思っていただけるものづくりを、これからも積み重ねていきます。
LEDネオンサインの製作に関するご相談は、お気軽にお問い合わせください。